島根県邑南町の城跡

邑南町の変遷を航空写真・地図で見る

 ここでは、邑南町内やその周辺で廃村・廃集落となった地の変遷を、航空写真や地図で見てみるコーナーです。

邑南町 中野 弓張集落

 邑南町中野の段原から萩原山の麓(萩原横手)を通って牛ノ市、川越へ出る山道は、断魚渓を通る車道ができるまでは江川方面へ出るメインストリートでした。現在でも、戦前を生きた中野の老人に聞けば「川越へ出て三江線に乗るために歩いて通った」と語る方も多いはず。
 弓張という地名は、その昔に大男がここで弓を張り、矢を射って落ちたところが矢所(八所)という伝承から来ているという。1964年の航空写真では3軒確認できるが、1976年は1軒、しかも離村後。
 この弓張は丁度峠のようになっており、熊山家はその峠の茶屋を営んでいたという。
 現在、中国自然歩道が設置され、なぜかこの弓張部分は舗装されているという。しかし林業関係者以外は誰も通る人はなく、倒木などで道は荒れ放題だという。


現在の弓張(Googleマップ)

弓張地図
昭和27年の弓張周辺地図
(地理調査所発行1/50,000地形図「川本」(昭和27.2))

 (以下、航空写真は国土地理院国土画像閲覧システムより引用)

弓張(1948)
昭和23年(1948)の弓張周辺

弓張(1948)
昭和23年(1948)の弓張。

弓張(1964)
昭和39年(1964)の弓張

弓張(1976)
昭和51年(1976)の弓張

弓張1993
平成5年(1993)の弓張
  

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