戦国の石見を探る……邑南町の城跡や史跡を紹介

島根県邑南町(旧 石見町、瑞穂町、羽須美村)の城跡や史跡・遺跡を紹介しています  

管理人の覚え書き

 ここでは、当サイト管理人の城跡訪問の余談や、覚え書きなどを記しています。

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◆『多胡左衛門尉辰敬』の著者に会いたい

『多胡左衛門尉辰敬 石見の戦国武将』という本があります。有名な『多胡辰敬家訓』を始め、多胡辰敬の一生について、かなり詳しく解説されている貴重な本です。

 この本を著わされたのが、旧石見町後原の笠森惣市さんと言われる方です。この方は石見町が発行した『矢上100年史』という本にも、歴史の証言者としてかなり登場されています。お見受けするところ、かなりの歴史好きであられます。

 最近までこのような方の存在を知らず、是非一度お会いしたいと思い、昔の地図を頼りに訪問しましたら、笠森さんのお宅は無く、別の方が家を建てて住んでおられました。
 仕方なく、その家の方に聞いてみたところ、かなり前に大田市へ引っ越されたとのこと。今は惣市さんがどうされているかは知ることができませんが、笠森家としての土地が、一角に残されてはいました。

 で、そこには何やら石碑のようなものが……。

『笠森ノ礎』と題された石碑には、どうも笠森家のルーツが記されているようです。
 起源は清和源氏武田氏にあり、もともと信州にあったが、佐々氏に従って石見国に渡り、日和城にいたが、その後ここ(矢上)に住むようになった……という内容のようです。

 おまけに、この石碑の日付が大正10年の9月10日になっていて、惣市さんが18歳の時、とあります。今、生きておられたら、余裕で100歳を越えておられます。しかし、お若い時から相当の歴史好きであられたことには違いないでしょう。このような石碑を残された訳ですから。

 石見の歴史を記された大先輩、笠森惣市様を敬し、ネット上にもその足跡を私が変わって遺させて頂きます。

 

(追記)
 発行所の柏村印刷に問い合わせたところ、『多胡左衛門尉辰敬 石見の戦国武将』は元々販売目的で印刷されたものではなく、手に入れることはできないそうです。
 また著者の笠森惣市様も既に亡くなられておられました。
 大変残念です。

 

(2007年9月)

 

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