戦国の石見を探る……邑南町の城跡や史跡を紹介

島根県邑南町(旧 石見町、瑞穂町、羽須美村)の城跡や史跡・遺跡を紹介しています  

管理人の覚え書き

 ここでは、当サイト管理人の城跡訪問の余談や、覚え書きなどを記しています。

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◆佐々木高綱の黄櫨匂威大鎧が眠る甘南備寺

 丸山城を見学したからには、やはり忘れてはならない「甘南備寺」があります。

 因原からほど近く、地名は江津市桜江町となりますが、高野山真言宗の寺「甘南備寺(かんなみじ)」は、奈良時代に行基が開山したのだとか。


甘南備寺 山門
甘南備寺

 古いだけの寺なら訪れはしません。
 何を隠そう、この寺は、川本温湯城の落城後、小笠原長雄が幽閉された寺でもあり、小笠原家に関係するお宝が数多く眠っている寺なのです。
 
 特に、国指定重要文化財「黄櫨匂威大鎧残闕(はじにおいおどしおおよろいざんけつ)」が保存されているというので、見に行かない訳にはいきません。
 この黄櫨匂威大鎧残闕は、宇治川の先陣で有名な佐々木高綱が所用した鎧と言われ、制作時期については保元平治以前と古く、平安末期の作。古さから言えば、中国地方では安芸宮島にある源為朝所用の大鎧に次ぐ代物なのだとか。凄すぎる。
 それが、天正17年(1589年)、丸山城主小笠原長旌が戦勝祈願のため先祖伝来のこの大鎧を寄進奉納したものなのだとか。

 石見の小笠原氏は、もともとは甲斐源氏の出であり、小笠原長清は源頼朝に従いましたから、その繋がりで佐々木高綱の鎧を手にしたのでしょうか?
 その大鎧は既に痛みが激しく、完全な型としては残っていないので、その復元品が川戸の今井美術館に展示されています。
 そのレプリカを見る為に川戸まで言って入場料500円を払うつもりはありません。なにしろ現物が見たい。見せてくれるのだろうか?
 相棒と二人、あらかじめ「見学したいのですが」と電話しておいて、いざ訪問。

甘南備寺 本堂
甘南備寺本堂

 寺そのものは、以前は甘南備山の奥深くにあったようなのですが、大地震の被害があって、現在の地に移ったのだとか。
 ただ、本堂は江戸時代のものらしく、天井画も移設前からのものですので、かなりのものです。

甘南備寺 本堂内部
本堂内部

天井画
おそらく江戸時代のものと思われる天井画


 さて、黄櫨匂威大鎧残闕は寺の蔵に納められているのですが、蔵そのものが展示館の役割をしており、住職の奥さんが快く見せて下さいました。
 もちろん、普段はカギがかかっており、入ることができない蔵です。

黄櫨匂威大鎧
黄櫨匂威大鎧

黄櫨匂威大鎧残闕

黄櫨匂威大鎧残闕 しころ
兜のしころの部分


 こ、これは一見して身震いがする代物ですね。
 鉄の部分もありますが、大半が牛皮でできており、それに色鮮やかな絹糸の束が通してあります。
 うーん、これを着て梶原景季と先陣争いをしたのでしょうか。

黄櫨匂威大鎧残闕 説明図

 

 お宝はこれだけではありませんでした。

具足

 こちらは戦国時代の甲冑。おそらく小笠原家のものでしょう。

源頼家写経

 これは源頼家(鎌倉幕府2代将軍)の写経本。直筆本物です。小笠原長旌が奉納したものだそうです。

陣貝

 小笠原氏が戦で実際に使ったという螺貝。今でも吹けば音が出るそうです。
 
 そして佐々木高綱が使用したという刀剣があります。本物です。

佐々木高綱太刀

 しかも、案内表示によれば宇治川の合戦で使用したものだとか。何でこんなお宝が、島根の山奥にあるのか不思議に感じますが、そうなると平家物語にある通り「川の中にあった大綱を切った」刀だということです。すごいぞ。
 もともと相当さびていたそうですが、刀剣家によって研がれ、かつての輝きを取り戻しているのだとか。奥さんが抜いて刀身を見せてくれましたよ。
 
 いやー、実にいいものを見せて頂きました。突然お邪魔をした者に対応して下さり、ご住職と奥さんには感謝です。
 聞けば、たまに団体客もあるそうです。
 
 ちなみに、この大鎧、「甲冑」というショップでレプリカ販売してますよ。78万円か……一度でいいから着用してみたいものです。

 

(2008年7月)

 

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