戦国の石見を探る……邑南町の城跡や史跡を紹介

島根県邑南町(旧 石見町、瑞穂町、羽須美村)の城跡や史跡・遺跡を紹介しています  

邑南町の観光名所、歴史の紹介

 ここでは、島根県邑南町内にある歴史スポットや観光名所などを紹介しています。

 ※写真が表示されない場合は、ページの再読み込み(リロード)してみてください。

 

◆市木本陣跡

 石州街道が通る市木には、かつて浜田藩の本陣がありました。本陣とは、参勤交代の際に藩主一行が宿泊する場所のことです。(地図
 朝、浜田を出発し、参勤1日目の宿がここ市木だったのです。

市木本陣跡
 市木本陣跡地

市木御本陣跡案内板
立派な案内板が設置されています

案内板
市木御本陣跡の案内板

市木御本陣跡
 ここは浜田藩主の御本陣(藩主の宿泊所)である。そして市木村初代からの庄屋田中家の邸宅の跡である。田中家は初代二郎左衛門が寛永八年(1631)庄屋を勤め寛永十二年参勤交代制が始められると此の田中家が御本陣に充てられていて以来江戸時代中続けられている。屋号は大前と呼んでいた。
 参勤交代は藩主が江戸屋敷に一年滞留して次の一年は国元浜田城に帰って過し、その間奥方は江戸屋敷に残すのが普通であった。従って毎年一回此の御本陣に泊まったことになる。
 所によると、供侍の宿所脇本陣があったが市木では脇本陣はなく、寺や一般民家へ泊まった。
 市木一泊の時は前日から翌日まで三日間、市木組九ケ村出羽組二十九ケ村の庄屋、組頭が交代で二十二人から二十五人位が市木に詰めていた。藩主は浜田を朝四時に出発し午後五時頃市木本陣に着いて一泊、翌日も朝四時出発中山で昼食。次の本陣本地に向かった。
 文久二年(1862)八月からは藩主は三年に一度百日間江戸に留まりあとは浜田に留まった。これも慶応二年(1866)浜田藩落城と共に終わっている。

案内板
間取りから、相当大きな建物だったのでしょう。
さすが庄屋の家だけあります。

日本画家・田中頼璋の略歴
隣には、日本画家・田中頼璋の略歴があります

椙尾八幡宮
ちなみに椙尾八幡宮境内に浜田藩の永康倉がありました

永康倉跡
「永康倉跡」案内板

 

 >> (関連)石州街道 石畳

 >> 歴史的観光スポット:一覧へ

邑南町の城|中世・戦国の石見